第一章

 第一章 宝の部屋

 いつもとは違う場所だというのに、よく眠れた。それも、このふかふかなベッドのおかげだと思う。
「おはよう、ミズカ……?」
 寝返りをうって隣を見、マイは声をおとした。ミズカはまだ眠りこんでいる。なにか良い夢でも見ているのだろうか、どことなく嬉しそう。もうしばらく、このままそっと寝かせておいてあげようと思った。
 ベッドから降りて、辺りを見渡し、驚いた。マイとミズカが一夜を過ごしたその部屋は、金銀財宝にあふれかえっていたのだ。
 宝玉を散りばめた装飾品ばかりではない。豪快な滝を描いた屏風があれば、お洒落な近代都市を描いた洋画もあった。黄金の水差しや、美しい壺があれば、色鮮やかなステンドグラスのランプも置いてある。所狭しと並べられてあった。
 昨日、この島についた時はもうすっかり日が落ちて暗かったから、わからなかった。
 なるほどこのベッドだって一流のもの、さわり心地のいい生地ではないか。どうりでぐっすり眠れたわけだ。
 そういえば、ここは誰かの部屋なのだろうが、誰のものなのか全く聞かされていない。自由に使っていいとしか言われていない。
 美術品のひとつひとつ、マイにとっては珍しく、じっくり眺めていく。長い栗色の髪は、まだくくっていない。前に垂れてきて、視野を妨げることもあったが、耳にかけておく。いろいろと鑑賞していたら、革張りの椅子に行き着いた。何か見慣れたものが座面に置かれてある。自分の服とハンカチだった。愛用していた櫛(くし)まで置かれてあった。
 それは間違いなく、風の魔神の従者、ナシのおかげだと感づいた。服の下に、ナシが書いたのだろうカタカナ文字のメモが挟まってあったから。
 古イ服ハ ココニ置イテオイテ 回収スルカラ
 今夜アタリ コレカラノコト 話シニ行クカラネ
 ソレマデ 船員サンニ アワセテ動イテ
 タダシ 冒険ノコトハ アマリ話シテハダメ
 やはりこの冒険は、あまり人に話しすぎてはいけないのだなと思う。昨日は、救出されたのが遅かったこともあり、話を聞かれることがなくて助かった。けれど今日はさすがに、遭難した経緯を聞かれるだろう。さあ、どうやって答えればいいのだろう?
 とりあえず、身だしなみを整えなくてはならない。服を着替え、手探りで髪を二つくくりにしようとする。しかしこれが、なかなかうまくいかない。
 この部屋に、鏡は無いのかな?
 机にはノートや辞書がうずたかく積まれてある。この部屋の主は、よほど勉強する人みたいだ。
 雑然とした山の中から、目当てのものを引っ張り出す。裏がえしてみれば、予想に反してそれは、写真たてだった。
 色あせた家族写真に、目がとまる。
 鉢巻きに渋い顔つきのおじさんと、たくましい腕っぷりのおばさん。そして、その前には二人の青年が肩を組みあう。
 片方は照れくさそうに、視線をそらしていた。
 もう片方の彼は、満面の笑みでうつっていた。肌が色黒で、タンクトップがよく似合う、青年。
   ガンガンガンっ
 大きな連続音に、ふり返る。誰かが窓を叩いているようだ。
 カーテンの隙間からのぞけば、義兄(あに)の顔が枠いっぱいに張りついているではないか。閂をはずして、窓を開けてあげた。
「おはよ! どこの部屋にいるか、探したんだぜ」
「しーっ! お兄ちゃん静かに。まだミズカは寝てるネ」
「え? あいつまだ寝てるのか」
 マイはうなずくと、ベッドを見やる。かなり大きな音をたててしまったが、ミズカは眠り続けている。寝返りをうったきり、起きあがる気配はない。
「ミズカの奴、よほど眠たかったんだな」
「そうみたいネ。もし許されるなら、もう少し寝させてあげたいんだけど……もう船は出発するネ?」
 ヨリオは横に首をふる。
「いや、出航はまだらしい。だから、朝ごはんも島で食べていいよって話になってたんだ。ごはんの支度ができたら、呼びに来てくれるってさ」
 ここでヨリオは、ぽんと手を叩く。何か思い出したらしい。
「なあ、聞いてくれよ! あのチビが、朝一番にこーんなにでかい魚を釣ってくれたんだぜ!」
「声がでかいネ!」
 ヨリオの声量はすぐ大きくなるのだ。そんな彼をいさめるのはいつも、マイの役目だった。
「それに、チビ、なんて呼んで良いわけないネ。きっとその子に失礼ネ」
 チビというのは昨日、渡り板をわたって自分たちを助けに来てくれた、あの男の子のことだろう。乗組員のなかで一番背が小さかったから(マイと同じくらいの背丈しかない)。
「いやいや、違うって。向こうからチビって呼んでくれって頼まれたんだ。船でも港でも、チビって愛称なんだってさ」
「それだったら、いいんだけれどネ」
 それにしても、チビとさっそく仲良くなり、愛称で呼びあうヨリオもヨリオだ。さすがだと思う。
「お兄ちゃんは、釣りできたネ?」
「え? もちろん手伝ったよ」
「釣りをしたことも無いのに?」
「そりゃー、俺は超初心者だけどよ、応援することはできるだろ? だから、魚が釣れそうになったら、せいいっぱいの声援を送るんだ。フレーフレー、魚に負けるな! って」
 手助けどころか、邪魔に思われていてもおかしくない。マイは苦笑する。気まずいヨリオは、話題を変えにかかった。
「それより、ほら。髪くくってやるよ」
 窓枠をひょいと乗りこえ、部屋に入ってくる(せっかくの女子部屋だったのに、ヨリオにはデリカシーが無い)。
 動かされたカーテンから射しこむ陽ざし。部屋に収められてあった金銀財宝が、いっせいに輝き始める。まるで長い眠りから覚めたかのよう、まばゆいばかりだ。
 けれどヨリオは、財宝の類にはさっぱり興味がないらしい。椅子を抱えあげれば、マイがいる窓際のところまでせっせと運んできてくれた。
「この椅子、家にあるのと似てるな。ほら、座れよ」
 確かに、パーマの待ち時間をすごしてもらう椅子に、座り心地まで似ている。まさかこんな孤島で再会できるなんて、思ってもみなかったけれど。二人は顔を見合わせて、くすっと笑いあった。
 ヨリオとマイの家、それは商店街の一角にたたずむ、昔ながらの散髪屋だった。
 ヨリオは櫛で、マイの髪をときはじめる。寝癖のひとつひとつ、丁寧にほどきつつ、なでるように櫛でとかしてくれる。マイは安心して身をゆだねていられた。
 開けっ放しの窓。風をはらんだカーテンがふわりとゆれる。目を閉じて、胸いっぱいに息をすいこむ。潮の香りがした。静かな、心地よいひと時だった。
「ほらよ、完成」
 目を開けば、窓ガラスに、二つくくりになった自分が映っている。さすが散髪屋の長男。いつもと同じお決まりの位置でくくられてある。
「ありがとうネ、お兄ちゃん!」
 自ずと笑顔がこぼれた。
「おーい、朝ごはん出来たぞー!」
 遠くで誰かが呼んでいる。窓の外、なだらかな丘の上に水兵の格好をした青年が立っている。その背格好からしてチビではない。ええと、どんな名前だったっけ?
「ジェイが呼びに来てくれたんだ。はーい! 今行きます」
 ヨリオの大声。ここにきて、やっとミズカが目を覚ました。
「わっ、あっ、ああ……」
 がばっと起き上がったのはいいものの、ミズカはきょとんとしている。
「おはよう、ミズカちゃん。ごめんネ、起こしちゃって。朝ごはんがあるみたいだから、準備して行こうネ」
「えーっと、うん。でもさ、あれれ、おっかしいなー」
 ミズカはしきりに、自分の頬をつねっている。
「たしか私たち、船に乗っていなかった……?」
 ヨリオは手を叩いた。
「それはあれだ、船に乗ってる夢をみてたんだよ。俺たちが今いるのは、孤島の館。本物の船なら、あそこにあるよ」
「そっか、夢だったんだ! もう船に乗ったものだとばかり、思っていたよ」
 目をこすりつつも、ミズカは笑顔だ。楽しい船旅の夢だったようで良かった。
「じゃ、俺は一足先に! 待ってるからさ、早く来いよな」
 謎のウィンクを残すと、やはり窓枠を飛びこえて、ヨリオは駆け出していく。けれど勢い余ってつんのめり、こけてしまいそうになる。一瞬、ひやりとしたけれど、すぐに体勢を持ち直してくれた。丘を駆けあがっていく。
「ヨリオくんって凄いなー。朝からあんなに、元気がありあまっているんだもん」
 ミズカは目を丸くしている。
「うん、そうだネ。それがいつものお兄ちゃんネ」
 格好つけすぎて、かっこ悪いんだけど、それでも、ヨリオはいつだってそうやって、周りを元気づけてくれる。
 マイはわかっていた。


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